ヘッダーイメージ 本文へジャンプ

3月の
 お知らせ


特集
  Tel.03-5834-8686(予約受付)

 1ヶ月間のお知らせ
■3月の日程変更等

①今月の日程の変更などは、特にありません。


 エッセイ 「駒込王子」
美味しいものは、田舎にある
 
田舎のイトコから、料理が沢山届きました。とても感激でした。私の調理器具は、電子レンジだけでガス器具が無いと言ったら、今回は料理して送ってくれました。本当はガス器具で、フライパンを使った料理も食べたいのですが、調理後の掃除が大変なので、その辺りの料理は、お惣菜店で買って食べています。イトコが送ってくれた中に、油揚げの含め煮がありました。郷里・山形の油揚げは、俵型で中身がいっぱい詰まっています。それを精進料理として、干し椎茸のダシで、多少甘辛く煮込みます。すると、ダシが中に浸み込み、これだけでも立派なご馳走になります。東京の油揚げは皮だけなので全くダメです。こういった田舎の食べ物は、伝統製法そのままに作ってあるので、本物の味がします。豆腐屋さんにしても、代々続いた手作りの堅豆腐です。伝統を守るのは、保守的な風土のせいもあるでしょう。店の長男が小さい頃からお父さんの豆腐を食べて育ち、見よう見まねで後を継ぐといった感じです。だから、古いモノが残るんですネ。

  豆腐は元々、中国・雲南省あたりの山岳地帯が発祥で、堅いものだったといいます。それを遣唐使に随行した留学僧が、日本に持ち帰り、精進料理としたモノでしょう。ですから、田舎の豆腐が堅いのは、本物として作ってあるからでしょう。それが江戸時代に入って市中でも売られ、庶民一般的な食べ物になりました。多分、地方から出稼ぎに来た人達が商売本位で始めたものでしょう。ですから、伝統の拘りも少なく、効率のみで作った豆腐でしょう。そして、水で量(かさ)を増やした豆腐を、「軟らかくて、美味しい豆腐だよ」などと、洗脳したモノでしょう。ちなみに、江戸時代のお酒なんて、水で割って売っていたといいます。そういう商売上手の人達によって、安価で軟らかい豆腐が量産され、日本全土を席巻するのに、時間はかからなかったでしょう。昔、豆腐は煮物として食べていましたが、現在は冷奴にしかなりません。しかも、プリンみたいに、スプーンですくって食べるしかありません。そんなある時、飛騨高山に旅行したとします。宿で初めて食べたであろう「石豆腐」の美味しさに、豆腐屋さん自身が愕然(がくぜん)としたに違いありません。

                          (2019.3.1)
「駒込王子BN・目次へ」


 '19/3月の特集
■内なる神が、人を罰する
 全てのモノは、人の認識の下に存在する、という考え方があります。誰にも認識されなければ、その存在の証明がなされないという意味でしょう。神という概念は、人が考え出したモノでしょう。そして人々に、その存在を敢えて認識させたモノでしょう。実際に、あるのだ・・・と。神という偉大な力を意識させる事によって、人を戒めて来たと思います。規則などは、その時々によって変わりますが、「永久不変の真理」を、人は追求したものと思います。私達はそれとなく、事ある毎に「バチがあたりますよ」等と神を意識させられて来たと思います。神をを意識する事によって、心安らかに暮らせ、そして、煩悩の足かせにもしたと思います。ですから、神が存在するかどうかではなくて、神を信じるか否かの問題になってくると思います。事の真実なんて、誰にも解りません。私達は無意識の内に、神の存在を植えつけられ、それを暗に肯定しているのかも知れません。それは私達の心に宿る、「内なる神」です。

  最近、幼児や児童の虐待死が問題視されています。心が痛みます。顔に熱湯を浴びせられ、火傷して亡くなった鳥取県米子市の三歳女児は叱られる時、じっとうつむいて正座させられていました。そして、いつも頭をコブシで殴られて衰弱し、半ば寝たきり状態になりながらも、許しを請う手紙を書き綴った目黒区の五歳女児。盛んに嘔吐を繰り返していたという事は、脳の損傷が疑われます。飲み込む力も無くなり、母親に「もう、ごはんが食べられないの」と、言ったそうです。共に妻の連れ子でしたが、実子で千葉県野田市の10歳女児もいました。この子は、胸骨を骨折していたという事です。さぞかし、息をするたびに、胸に激痛が走ったに違いありません。いずれも、暴行に耐え続ける毎日・・・。日本中が、涙したと思います。亡くなったのは、神様が不憫(ふびん)に思い、安らかな世界に連れて行ったのだろうと思うしかありません。虐待している者達は、いずれも外面(そとづら)が良く、内面(うちづら)が悪い小心者達です。外面を保つためのストレスがたまっていたのでしょう。いずれも決まって、「躾け(しつけ)だった」と言い訳けしていました。

  それが思い通りに行かない苛立ち(いらだち)もあったかも知れません。それで、つい暴力を振るってしまう・・・。子供は自我に目覚め、自立して行く訳ですから、多少の自己主張するのは当然の事です。よく怒っている内に、自分をコントロール出来なくなっている人がいます。逃げ場のない子供に暴力を振う事が、悪い事だとは重々解っている筈です。しかし、心の歯止めが利かなくなっているのです。ですから、泣いて謝っている子供に、つい手が出てしまうのでしょう。自分を見つめる幼い眼差しを見るにつけ、良心の呵責(かしゃく)に耐えかねて、自己嫌悪に陥っていたと思います。それでもなおかつ、苦痛に泣きじゃくる子供の顔を、握りこぶしで何度も殴りつける・・・彼らの心には、悪魔が棲みついているとしか思えません。
そして気が付けば、子供は亡くなってしまっていた。もう取り返しが付かない状況になって初めて、全てに気が付いたと思います。もう、元には戻れないのだ・・・と。

  そんな彼らも、子供と良好な時期もあったと思います。そんな時は、子供が彼らに向かって、にっこり微笑みかけた時もあったかも知れません。それを、かわいいと思った事もあったでしょう。そういう顔が頭をよぎるたびに、内なる神から深く罰を受けていると思います。彼らは裁判で実刑を受けても、数年で済むでしょう。しかし、内なる神はいつまでもそれを許してくれないでしょう。真夜中に、亡くなった子供の夢に目覚めて、自分のやった事の罪深さに、涙するでしょう。しかし、全て取り返しが付きません。果ては、社会生活から落伍し、心身共に蝕まれていきます。胸に去来するのは、魂の安らぎから見放された、恒久的な絶望感でしょう。私達は、内なる神に恥じない生き方をしたいものです。そうすれば、内なる神は、私達の心を守ってくれるでしょう。

「特集AC・目次」へ
特集AC・TOPへ



トップページカイロプラクティックって何?適応症・施術・料金・営業日時他行き方・地図
★腰痛・ヘルニア五十肩・膝痛頭痛・肩こり☆うつ症状・自律神経失調・不眠・ストレス
講習会
梨郷村BN

                          TOP
  
         Copyright (C) 2008 Komagome Chiropractic Center. All Rights Reserved.
       文京区・豊島区・北区の境目に位置。千代田区・新宿区・荒川区・板橋区・台東区・足立区からも来院
       都バス利用地域/早稲田・目白・大塚・千石・田端・千駄木・根津・上野・本郷・御茶ノ水・巣鴨・西日暮里
       南北線利用地域/赤羽・王子・西ヶ原・東大前・後楽園・飯田橋・市ヶ谷・四谷・永田町・麻布・白金・目黒
       駒込カイロプラクティックセンター/東京都文京区本駒込5-50-3三春荘206 TEL.03-5834-8686

フッターイメージ